246.日本6周目の旅その115:薩摩半島最南端・長崎鼻


 平成27年01月02日です。


 重要伝統的建造物群保存地区【出水市出水麓】を訪ねます。

 出水市出水麓地区は、出水城の城下町として発展した地区です。当地区は、肥後国との国境に位置し、安全保障上の重要拠点でした。規模の大きな武家屋敷群でした。


 残したい日本の音風景100選【出水のツル】を訪ねます。

 出水ツル渡来地は、鹿児島県出水市内の水田地帯にあります。

 毎年10月中旬頃から翌03月頃にかけてシベリア方面から約1万羽のツルが越冬することで知られています。交通の制限や消毒などしながらツルを探しました。んん?餌付けされてる?!


 未来に残したい漁業漁村の歴史文化財産百選【桁打瀬船】の捜索です。

 桁打瀬船(けたうたせぶね)は、鹿児島県出水市の名護港などに残る伝統的な漁業船です。

 桁打瀬船は、元々とり貝を獲る漁法でしたが、近年ではクマ海老がメインになっているようですが、時代の流れで、桁打瀬船も平成17年(西暦2005年)度時点で5隻まで減少したそう。今回発見できたのは3隻でした。


 国道3号線沿いに海岸線を南下し道の駅「阿久根」で少し遅めの朝食です。

 名物市長で一気に知名度を上げた市ですね。その市長さんは全職員の給与明細を公表するなど思い切った改革を唱えた方でしたが、急進的な変化には必ず反発が大きくなるものです。もう少し根回し上手なら面白い結果になったと思うだけに消えてしまい残念です。

 ちょっくら奮発して「あわびの刺身定食」を注文。生簀から取り出して捌いてくれたあわびを頂きました。美味かった!ご馳走様です。


 薩摩国一宮【新田神社】に参拝です。

 新田神社は、鹿児島県薩摩川内市宮内町1935-2にある神社です。

 御朱印の待ち時間が余りに長かったので不安に思っていたら、隣のページに墨が付いていた。

 (゚д゚)!私の宝物がががが!

 しかし、悪気があってのことではないだろうし、正月で忙しくてやってしまったんだろう。快く許してあげました(心の中で軽く涙を流しながら)。


 未来に残したい漁業漁村の歴史文化財産百選【羽島漁港】を訪ねます。

 羽島漁港は、鹿児島県いちき串木野市羽島4930にある漁港です。現地には、薩摩藩英国留学生記念館(SATSUMA STUDENTS MUSEUM)が整備されています。

 未来に残したい漁業漁村の歴史文化財産百選【南方漁場の開拓者原耕の像】を訪ねます。

 原耕(はら こう)さんは、昭和02年(西暦1927年)に南洋航海に出発し、その年の10月18日、日本の漁船として初めて赤道を越えた人です。原耕の南方漁場開拓により、枕崎は日本でも有数のかつお遠洋漁業基地として、その後、飛躍的な発展を遂げるに至ったと現地の案内がありました。

 原耕の像は、松之尾公園(まつのおこうえん)で撮影しました。


 薩摩国一宮【枚聞神社】に参拝です。

 枚聞神社は、鹿児島県指宿市開聞十町1366にある神社です。

 枚聞神社の現在の社殿は、鬼島津と呼ばれた島津義弘(しまづ よしひろ)が寄進したものとされています。

 先ほどの新田神社での墨が目立ちますが、これで九州の一宮も総て参拝達成です。3年の月日をかけいよいよ完成間近になった一宮の御朱印帳を眺めてニンマリです。


 開聞岳が美しい薩摩半島最南端・長崎鼻(ながさきばな)です。


 薩摩長崎鼻灯台です。


 竜宮神社にも参拝しておきます。この近辺一帯にも浦島太郎伝説が残っています。

 ご当地サイダーを発見。寒いですが、購入しました。うん。普通のサイダーやった。


 前回来た時は、時間が間に合わず入れなかった砂風呂に入りました。


 世界で唯一の天然砂むし場なのだとか。

 砂に埋もれているときはポカポカで幸せ一杯なのですが、砂から出て、会館に戻る際に一気に冷えてしまいます。そりゃ濡れた状態で真冬の海岸を歩くんだから当然だけど、これは予想していなかった。一度は体験してみたかったので満足です。

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