236.近畿の札所めぐりその38


 平成26年10月29日です。


 比叡山延暦寺からの琵琶湖遠望です。

 自家用車で延暦寺に来た場合、一般的には東塔から参拝する方が大多数だとは思いますが、何度目かの比叡山なので端っこにある札所から巡ります。


 近畿三十六不動尊霊場26番札所【無動寺・明王堂】を参拝です。

 東塔の無動寺谷にある明王堂です。

 明王堂は、寺伝によると、貞観07年(西暦865年)に千日回峰行(せんにちかいほうぎょう)の始祖として知られている相応和尚(そうおうかしょう/建立大師)によって創建されたと伝わります。千日回峰行の拠点です。行きはヨイヨイ、帰りはヒイヒイ。そんな寺院です。


 東塔に向かい、今まで御朱印を頂いていなかった寺院を回ります。

 比叡山めぐり【延暦寺・萬拝堂】を参拝です。

 萬拝堂は、平成03年(西暦1991年)に建立された新しい堂宇です。これは、比叡山が宗派や宗教の垣根を越え、広く人々の平和と幸福を願うという、普遍的な祈りの場所とされています。


 比叡山めぐり【延暦寺・大黒堂】を参拝です。

 大黒堂の本尊は、伝教大師・最澄が彫ったとされる大黒天です。豊臣秀吉が信仰したことでも知られ、その後の出世と天下統一の成功から立身出世を夢見る野心家に人気です。


 比叡山めぐり【延暦寺・阿弥陀堂】を参拝です。

 阿弥陀堂は、信徒たちが先祖の冥福を祈り、供養を行うための中心的な場所です。先祖回向(せんぞえこう)というそうな。


 比叡山めぐり【延暦寺・法華総持院東塔】を参拝です。

 法華総持院東塔は、伝教大師・最澄が構想した六所宝塔(ろくしょほうとう/仏法の力によって国家と国民を守るため、日本全国の6つの聖地に宝塔を建立する計画)の中心となる塔です。現在の塔は、昭和55年(西暦1980年)に伝教大師・最澄の入滅1200年を記念して再建されたものです。


 神仏霊場150番札所【延暦寺・根本中堂】&西国四十九薬師霊場49番札所【延暦寺・根本中堂】を参拝です。

 根本中堂は、比叡山延暦寺の総本堂であり、東塔エリアの中心となるお堂です。延暦07年(西暦788年)、伝教大師・最澄が創建した一乗止観院(いちじょうしかんいん)が起源となるお堂です。現在の建物は、江戸幕府3代目将軍・徳川家光によって再建されたものです。


 法然上人二十五霊場特別霊場【青龍寺】を参拝です。

 青龍寺は、天台宗の寺院ですが、浄土宗総本山の知恩院が管理している珍しい寺院です。円光大師・法然が、15歳から43歳までの29年間、仏教の修行に励んだ場所です。

 平成24年09月27日の参拝と今回で、比叡山における御朱印を頂ける12の堂宇総てを参拝しました。天台宗は比叡山の存在感が強すぎるのか、真言宗の18本山めぐりのような巡礼コースがないので比叡山内の堂宇を巡ってみました。


 比叡山峰道レストランで昼食にします。

 食後は、奥比叡ドライブウェイを北上します。


 まだ紅葉には早いかなと思っていましたが真っ赤に染まったモミジと出会います。


 近畿三十六不動尊霊場27番札所【葛川息障明王院】を兼ねています。

 葛川息障明王院は、滋賀県大津市葛川坊村町155にある天台宗の寺院です。

 葛川息障明王院は、寺伝によると、貞観元年(西暦859年)に相応和尚(そうおうかしょう/建立大師)によって創建されたと伝わります。無動寺の奥の院とされます。


 神仏霊場106番札所【三千院】に参拝です。

 三千院は、京都市左京区大原来迎院町540にある天台宗の門跡寺院です。


 西国四十九薬師霊場45番札所【三千院】を兼ねています。

 三千院は、伝教大師・最澄が比叡山延暦寺を開いた際に、里坊(山麓の庵)の一つとして建立したのが始まりとされています。明治04年(西暦1871年)に現在地に移転しました。


 近畿三十六不動尊霊場16番札所【三千院】を兼ねています。


 近畿三十六不動尊霊場・満願です。

 平成25年06月08日に35番札所【高野山・明王院】から始めたので、1年半弱の旅路でした。


 しば漬ソフトクリームを購入です。めっちゃしば漬味でした。


 神仏霊場105番札所【寂光院】を参拝です。

 寂光院は、京都市左京区大原草生町676にある天台宗の寺院です。

 寂光院は、平清盛の娘である建礼門院徳子(けんれいもんいん とくこ/安徳天皇の生母)が、壇ノ浦の戦いの後、この地で隠棲したことで知られています。平家物語ゆかりの寺として有名です。

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